クリニック(#45)
2005年12月14日(水) 練習試合対 鎌倉学園@栄光、1-0、B1-3
柴野先生がサッカー指導者として、十分にサッカーあるいはチーム建設、煮詰めていないなと思えるとき
が、いくつかあってきょうはすでに先発を決めていてそれをグラウンドで聞かされたら、このところずっと同じ
面子だという。
で、その「理由は?」と訊いたら、「練習を見て決めました」という、ここらへんがわからないので、「それはな
いでしょう」と率直に言った。
自分が知る限り、鎌学夏いらい、3-4試合めか?それはそれでよいけれど、それ以外の試合もふくめて、
要するに面子が同じということは、「負けたくない」たとえ練習試合でも負けたくない、という気持の表れかも
しれないのだが、それだけでは、チームの戦力底上げが図れないのが一点、もうひとつは、どんどんどんど
ん、いわゆる1軍と2軍のあいだのギャップを指導者自らがひろげていってしまい、2軍はしょせんは2軍で結
果としてはしかたがないのだが、彼らの動機を殺ぐ、ということになる、すなわち「負ける試合」を持てばよい
し、選手にはそう言う説明をすればよいとした。
ただし1ラインに3人、えいこうの実力を考えると、3人では多いかなともいった、それはただゲームにでるこ
と、出すことが大事なのではなくて、1軍らしきものが「そこにあって」そのゲームを2軍らしき選手をだすこと
で「こわしてしまえば」無意味なので、こわさないようにしながら2軍らしき選手に1軍のゲームを経験させると
いうところに、ポイントがあるわけである。
そしたら前半はもう決めてしまったからという理由で、
●えんどう ●いちむら ●でぐち
●さわだ ●さいとう ●なる ●あさかわ
●さとう
●いけだ ●みうら
いかにも勝ちたいというそういう気持で時間を過ごすと、気がついたときには、例えば市村がけがしたら、そ
れでもなお勝つ、という底上げをしようという意図のない布陣である。
で、前半はさとうの「別に、淺川とどっこいどっこい」のパスだしセンスの(なさ)ゆえ、フォワードを生かすとい
うこともなくもみあいに終った。
鎌学が協会サッカーを誤解してくれているので、「縦にはやくくる」ということがなくくだらない試合となった。
ウイングハーフの「使い方」につき、もう少し知性アップをはかるべく、というのは淺川のスピードそのものは
新鮮に映る。そこで、ハーフタイムに今までと違い、ウイングハーフ、ライン上に拘束をといて、ラインからパ
スを受けるとき、インサイドにはいってよろしい、ということヲ試そうとした、そしたら、後半15分で、どういうわけ
か柴野先生が当該の「淺川」「澤田」をはずしてしまって驚いた?このことは先生には指摘した。多分こちら
の意図がわかっていなかったのであろう。かわりにバックに「やえがし」「くずはら」をいれた(1ラインにいきな
り2人投入である)でこちら心配した、ゲームの崩壊は起らなかったものの「なにかを試して行く」という雰囲気
すっかりうけて、でたらめな攻撃におちいった、時間の無駄だという思いである。
したがって試合の分析もない。
こういうことはけっしてあとだしじゃんけんではなくて、もし「やえがしでも」「くずはら」でも出すなら「相手が気
合がはいっている前半」「から」例えば「くずはら」「いちむら」でぐち」と構成する、様子を見て、「やえがし
を」いれたければ「くずはら」と交代させる、むろんその逆でも、他の例えば、よしだでもだれでもかまわな
い。
えんどうには、「きょうはお休み」と説明してやればよい。
むろん「えんどう」を出さないのではなくて「でぐち」を出さないでもかまわない。
くりかえしだが「先生の言う」練習を見て決めましたと言う事の翻訳は、「れんしゅうでの調子」のことをいって
いるのだろう、だが練習では「トップフイット」にはならない、「さぼりがち、反抗気味」だから出さないというの
はわかるが、「いちむら」と仮に「やえがし」を比較して、練習のできで、いちむらを出すということを、こうやっ
て夏以来、なんどもやっている相手との試合のときに、墨守してどうなるというのだろう。
練習後に井本先生柴野先生と雑談したが、中3選手のあつかいかた、少しく異変が起きているとのことで、
それは戦っていくうえでまずいことであるとした。
はっきりさせるために原則を書く:
1) 栄光サッカーでは、いかなる選手(やる気のないやつは別に)サッカー部にいる以上は、排除はしない
2) しかし現実的に、理想は相川管轄練習30名が上限である。それを50名まで広げても、なおそこからも
れる中3がいる趨勢である、それをむしろ挑戦として喜びたいが、それでももれる数がいるのだから中3の夏
以降、「中3のうわずみを高校にもってきて」もあまる連中には、今のように、自主練習に参加を強制(だそう
だ)ではなくて、試合、試合をさせるのがよろしかろうとすなわち率直に言えば、面倒は見られないのだが、
かといって体力練習させて、ついてくるわけもないのだから、遊ばせてやれ、と誤解を恐れず言えばそういう
ことである。コーチは不要だが学校のルールには無知ゆえ、そこは置いて、引率とかいうマンパワーのモン
ダイになろうか。
3) 今年度は無理だが、他にもある6年制の私立学校にはたらきかけて、リーグを組織だろう、「かならず同
数の対戦試合を」ということにすると参加困難な学校がでてくる「から」仮に8チームでリーグ組んで、ある学
校は、7試合をしたある学校は、2試合をした、でもよいではないかとまた、栄光なら栄光が2チームだしても
よいというそういうフレキシブルなリーグにしたら、よいだろうとした。
(記録:相川)