クリニック(#24)

2004年10月28日(木) 練習 1530-1700 @栄光

きょうのテーマ「守から攻への(ロングパスによる)転換」
先回10月13日に選んだ「テーマ」の発展「ではない」

この時期に「なぜ」このテーマをもってくるか?
そこは別にあまり根拠はない

ただ6月には「つなぎ」からはいった。
6月に「ロング」からはいるという手は「なかったか?」
いや「ロングキックを蹴ってくれ」「ロングキックを覚えてくれ」とは言った、当然この日のくることを「予兆」していたわけではある。
ロングを蹴れるようにしてくれ。
「なぜ」という選手がいたとしたら、「この日」にくることがわかっていたからこそ、そう言ったわけである。

ところで、「ロング」蹴れない選手が「まだ」いる?
私に言わせれば「どうして、」ということが、おわかりであろう。
コーチは真剣である、真剣さを選手にわからせようとしている。
この日がくるということは当然わかっているから、さりげなく、なぜそうしなければいけないか問うな、しかしロングキックを練習してくれと、言ったわけである。
しかし選手はいろいろな理由で、「そこを」こえてこない。
練習を極端にいえばなめているわけだ。

無作為という「なめかた」だということが、わかる。
それはともかく、きょうのテーマはこちら(栄光)が自陣に押しこまれている、で、守り一辺倒、からどうやって、攻撃に転換するかということである。

いろいろな方法があるが、「つないで」守を、攻にきりかえるあなら相手は相当に「弱い」つないで「しまったら」相手の思う壺である、と「して」でどうするのか、を選手に課題としたわけだ。

1) ロングキック、質という言い方で、ただぼわんと山なりボールを蹴るなとした、ベルトのあたり、最悪でも胸にくる、そういうボールを蹴るほうは、試みる、試みるということが練習で、その選手がただのひと、から選手になっていこうとする、端緒である。

2) その理由はかんたんで、相手のラインはヘッドボールを「はねかえそう」とねらっている、そこにみすみす、あいての好むボールを「出すのか?」そこから「もう、くふう」が始まっているのだ、栄光の選手が頭のなかだけでもいいから「なるほど」と思ってくれることを願うものだ。

3) 半分のグラウンドをつかった練習ではイメージしにくいが、この練習ではトップはハーフライン上に「いるのだ」そこにいて「なにをしなくてはならないか」仕事を「とられなければ良い」とした。だからすきあらば「ふりむいてやろう」とねらっているしかし「結果とられる」というフォワードを「どう評価するか」ということへのいわば「答え」がこの練習に表れる。それだけに実戦形式の練習のなかでは、キープでなくて「ぬけてしまった」選手を否定してはならないだろう。けれどそこをだいたんに言えば、「おとせ」「5秒はとられるな」といったグラウンド用語になる。

4) きょうはそこまで「言及=テーマ発展させなかった」問題がいくらでもある、近々にそこに行くはず、例えば

5) きょうはラインはあまりプレスうけないでロングを蹴っていたが、果たしてプレスがラインに行ったら「蹴れるか?」

6) ハーフがプレスを例えば3人でライン=3バック、そこに相手が3人きたら、実はラインは「まわせない」
「ではその場合」ハーフはどうするか、?こたえはハーフがラインに「はいってもかまわない」数的優位、しかしラインにはいる「ハーフ」は果たすべき役割が「そこではちがう」言葉で言えば「ロングをけれるハーフに蹴らせるために、行動せい」だろう→さとうの、間違い

7) ロングを「蹴る」「からには」ラインとフォワードの「あいだに」いるハーフは「つなぎのボールを期待するのはまちがっている、
ではなにか「こぼれ」をひろいに行く、この7対7では「何人が、こぼれをひろいにいくのか?」別にきめることはないがかりにラインが2人しかいなくても、そこはコーチひしてみたら、問題はない、
トップが2人なら算数で7引く4で3人はこぼれをひろいにいってもいいだろう、実際の試合とイコールでなくていいだろう、こぼれを「ひろって」どうするか、きょうは「やりたいようにしろ」といったが実は「ここで」先回の練習の少しが生きなければならないわけだ。
つまり言い方としては「ハーフのサッカーをやれ」ということになる、当然「ハーフがつまらない」こと「あるいはすでに教えたことをしないと」コーチはチェックにはいっているわけだ。

8) ロングをこちらが蹴る、相手がそれをラインでとりもどす、あるいはこぼれを相手が「とる」少しこちらの対応がちがう、ただなぜロングか、相手のラインをひっくりかえす、相手のハーフを(まえがかりで)こちらのつなぎをねらう、というかまえではなくて、同じくひっくりかえすことが意味がある、

9) だから最初ロングその次に、「こちらがどうするか?」
実はそこまでまだ教えてなくても練習のなかでそう言う場面がでてくる、でてきたらいつもいうように「そこをまだ教えていないから」ただ「好きにやりなさい」としているわけだ、
ありさわがこぼれをとった、あおきがこぼれをとった「「どうしろ?」とは言わない。なぜならテーマからははずれている、いつものように「好きにしなさい」である。
ただ現実には2トップはフリーでないから「そこへつけてよしとする」ハーフを「おまえ本当か?」といまのところ、いってみれば、不安にさせているわけだ、その点青木は、自由にさせて「一番間合いのある」サイドをしっかり見ている、そういう「ものだろう」サッカーというものは、だからテーマ外のことでも青木は「ただしい」わけである、いちばん「間合い」のあるものを「選んでいるのだから」


(記録:相川)