2002年6月19日(水) 日本トルコ戦敗退

物の本を読んだり、すると1945年8月15日,太平洋戦争の敗戦をむかえたその日の,日本の空は抜けるような蒼い空であった、と。

6月18日『絵に書いたような負け方』というよりは『どこか肩透かし気味で、どこに不満をぶつけてよいのか。選手もその翌日のインタビューで、少し賢しら気味に、ましてやトルシェ、それをどう表現できるか、わからぬが、なにか懸命に、批判を受け付けない「ぞ」というハードルをかまえた雰囲気で敗戦を語っていたりしている。

「どうせい」というんか、ともいわれそうだが、翌日6月19日の東京の蒼空は、さらに高く、夏を思わせる日差しではあったが、乾いた風が吹いた。

日本敗戦で、多くの人がFeed Backをメールでくれた。

メールも信書だからそれを他の人に公開してよいか、どうか自分も判断がないが、部分的に引用するので(誰がいっているかはわからないでしょう)、お許し願いたい。

このレポートは、目的がマスコミ,ジャーナリズムでは「いまのところみごとなまでに」語られていない二つのことをちょっとずつ、指摘していこうかな、という序奏です。

1) 韓国と日本の差
2) トルシェの正体、とくにトルシェのラストゲームでの不可解さ

■まずだいぶ前にもらったメール(Aさんから)、ここではトルシェについて

人は欠点だらけですから。おまけが、奴は典型的なフランス人です。
潔さも、公平さも、(持ち合わせていたとしても)、「日本人」なんか相手に、決して表にはださないでしょう。はしゃぐだけ。

これはご本人がよくフランス人を知っている人からのメール,これだけ読むと、トルシェの「人種差別」を言っているように、読めるし、差別だけでなく「躁鬱」気味ではないかという示唆。

問題は相川思うに、人種差別「されている」という感性をもちあわさない、日本人にもあるのではと思う。

■ 韓国対イタリア戦の印象、あるいは韓国のもつ凄み(日本および日本人との比較で)
(Bさんから)

コリアンパワーのすごさ!

あの大騒ぎを見ていて、なんだか日本人って変だなあと思いました。
よく分かりませんが相川さんが言われていたような、滅びるというか、弱いというか、生き残れないみたいな日本人このままでいいの?と心配になります。
おかしいですよ。なんだか大事なものを忘れて行ってるみたいです。
何がそう感じさせるのか。よく分かりません。

これは別な人からのメールです。
テーマはトルシェではなく、民族のパワーということですが、日本対トルコ、最後の25分(これはひとによって30分でも35分でもよいのですが)負け惜しみではなく、なにか「心残り」あるいは「フラストレーション」があったという感性の裏返しで、そのすぐあとの韓国対イタリアの死闘を見て、びっくりの感性と根は同じということでしょう。

ご本人が「何がそう感じさせるのか。よく分かりません」とは言っていますが、それを勝手に相川が言って見れば、民族あるいは人種のもつパワーの差を感じているのだと思えます。

■ トルシェへの不満
(Cさんから)
試合後のトルシエの言動の一つ一つ、表情の一つ一つにやはり出稼ぎの品の無さを感じる。ジャパンの歴史始まって以来、念願のトーナメント進出で何が文句ある か?という後ろを向いてベロを出している様子が面白くない。

これもまた別な人、またトルシェ批判にもどった。
だが相川が勝手に他人の文章をコラージュしているのではなく、要は相川自身がこの前のレポートでいったように最後の25分間に不満がでたのである。

(相川再出)
また、ここで酷なことをいうが、0-1をおいかけるのに「あれでよかったのか?」という見方はある。

大胆な言い方をすれば、ワールドカップ、このリーグの最終戦とこのトーナメント「から」0-0、0-1、1-0、要はイーブンゲームの最後の25分、死闘ではないか、死闘になるではないか、それはどちらかが額から「血が」ながれる(むやみと流血をこのむものではないが)「ことになる」し、ハーフが「たまだし」ではなく、あいてのはねかえしたボールに、身体をはりにいっては、腹に相手の足がはいる「ことになる」し、とそういうものになってしまうではないか、それが『見られたか』ということである。

おそらく誰もが表現はちがえ、試合全体かその時間的部分か、なにか「おいおい」というものを感じたのだろう。

(Cさんから)
「これで終わりかよ!?」
いくら雨とは言え、策におぼれ、ミスに沈んだジャパン。
「終わった」と、涼しい顔をして去るトルシエ。

ワールドカップ16強は、確かに日本にとっては「出来過ぎ」であるが、、、
日本人唯一の武器「気力」の欠ける情けない試合を見せられた。

このメールは、私の文章ではない、このメールを読んで、自分がレポートを書いたのでもない、ゲームから受けたそういう感じ、というものが多分多くの人の、共通の感性であったと思える。
さらに(わるいことに)韓国の必死さを「みせつけられた」そういう夜であった。
1966年の勝利(V)を思い出せ、ということを書いた、ダンボール紙がテレビに映っていた、とき自分も虚をつかれた。

66年のイギリスワールドカップで、イタリアは北朝鮮に負けて空港でトマトをぶつけられたりしたのである。あれは北朝鮮の勝利「ではなく」朝鮮民族の勝利だという「視点」だろうまた、そこでも民族のパワーである。

(Dさんから)
昨日を含めて、国内3試合・韓国3試合を観戦しましたが、昨日のトルコ対日本の試合ほど、無気力さと虚脱感を感じる事はありませんでした。
チームだけでなく、スタンドのファン達からもそれは、感じる事ができました。

① 遠い! (仙台まで立ち、東北本線で立ち、シャトルバスと合計4時間の旅に待っ
ていた、豪雨の洗礼)
② 待ち!(開門時刻の厳守と官僚的対応)
③ スタメンの不思議(サントスと信二の重複と西沢のCF起用)
 最悪の展開とミスの連発(特に西沢)が疲れを増幅させました。(自分も日本のサッカーを愛して止まない一人ですが・・・)
 さて、戦術的な事も書きたいのですが我慢して、帰宅途中に友人で韓国人代理人の友人とリアルタイムで韓国のGゴールを聞き、心の中を押し殺して「おめでとう」と謝辞をのべました。

 今回のW杯にてつくづく考えた事があります。
「国民は、日韓共に想いは、同じでもこんなにディテールが違うのが、日韓のサッカーの歴史の違い」なのか?と、言うことです。
 社会を変革しないとこの様な差は100年たっても変化しない、と強く感じます。

(Eさんから)
昨日はその後、韓国対イタリア戦を延長戦から見ました。
日本対トルコに見られなかった「死闘」がここでは繰り広げられていて、負けている韓国チームからは「絶対に勝つ」という気力といいますか、オーラのようなものがひしひしと感じられました。

それは日本チームからは感じられなかったもので、この試合を見ながら、日本は負けても仕方なかったと思ってしまいました。

ここでテレビを見ていたら、筑紫徹夜(誤植ではない)がまた「小賢しい」ことをいった。
ワールドカップのこわいのは「ナショナリズムがですぎる、あるいは行きすぎるところですよ」とこれはペルージャの会長が昨日のイタリア敗戦の決勝点、「あん・じょんふぁん」のプレイを怒り、(あん・じょんふぁんはご承知だろうがペルージャ所属)イタリアを敗戦におとしこむような恩しらずなやつに給料を払わない、解雇す
るというニューズがはいってきたときのコメントである。

おいおいオールド左翼を営業にしている筑紫くん、なにをいっとるんだい。
われわれとて、戦争やら紛争でナショナリズムが発露されることは反対だ、だがサッカーというガス抜き機構があるから、救われる部分がまたその一瞬昂揚する意識があるのだということを、どう考えるのか?

それより前に、ペルージャの会長の中世パトロン意識とでもいうか「あっぱれな」その意識を問えよだろう(あんたはそれをどうかんがえるのか?)、鈴木宗男がなんとか委員会の予算(税金)を「俺の金」だといったとか、いうのに等しく「笑える」


■ ジーコのトルシェ采配批判

ジーコはブラジル人にしては沈鬱な顔相で、「脳天気な感じはないが」逆にブラジルを「売る」商売人でも
あるので、言説も注意して聞かなければならないものの
① なぜ西沢か?1月もゲームを離れている
② サントスをつかうのはいいがポジションがちがう明らかにバランスを崩した
③ 稲本の交代疑問
等々のべたそうだ。

ジーコが「言うから」俺の言うとことも正しい、などではない、サッカーについてはいかなる権威でもまず「疑え」とマルクスみたいなことをいっている相川さんだが、トルシェやはり、ワールドカップ前に相川が予言したとおり「自壊」したのである。

ただこういうかたちで自壊がくるとはさすがに予見できなかった。

ひとつ前のレポートで「新聞記者もっとつっこめ」と自分は「書いた」6月20日の夕刊フジを読むと、相川が心配するまでもなく、やはり6月17日の記者会見で「もう(守備のシステムが)フラット3では、ないのでは?」
という質問を受けてから、トルシェが豹変。

「あの後、監督の表情ががらりと変わってしまった」(協会関係者)というように,前日練習ではフラット3の基本練習に終始。これはトルシェ監督の虚勢でしかなかった。

その証拠に,トルコ戦でも「相手攻撃と①対①になったら、オフサイドをとりにいかず,勝負しに行きました」宮本談、つまりフラット3ではなく、3バックの状態となっていた、とここまでが記事である、そうかやはりそういうことがあったんだろうね。

自慢していうのではなく、指揮官トルシェ、ロシア戦「から」選手に反乱をおこされていたわけだが、それを対トルコ戦の前日まで、観察できなかった(というお粗末にして、またやがて悲しき、人間の諍い、という感じ)それだけにそのショックが大きく、『負けに、かかったのではないかと』いうことを自分は書いてきたわけだ。

商売で書いたり,言ったりだとこういうわけにはいかない。

一つの例でスポニチで、西野が→『トルシェ監督らしい選手起用だった。中略。サントスと西沢を初先発させたのはチーム全体のモチベーションを上げようとしたこと』というような世紀の誤解を書いてしまった。

わかりやすくいえば、今回のトルシェのとった、アイデアというのは自分は心理学者に尋ねよ、という思いだ。
素人だから間違ってもお許しあれ、多分トルシェは「自傷癖がある」
なににショックを覚えたか?

人種的に,文化的に、民族の栄光としても、サッカーの歴史としても、フランス人より劣性な日本人に、「この俺様が」サッカーも礼儀も、教えてやった、愛してさえやったのだ、それがこともあろうに、おのれのお稚児さん宮本あたりが中心になって、なんと、このフイリップ・トルシェに「逆らった」のである。

よーし、おまえら見ていろ、おまえらがこれ以上にはいけないように、『自分はできるのだ,自分を怒らしたら、こうなるのだ』としたのがあの先発メンバーおよび、西野よりも、まだ山口素弘のほうが洞察力はあるが、トルシェのスーツはまったく濡れていなかった、と泣いているトルシェの顔を見て中田は「しらけていた」と山口は観察したらしい。中田の見ぬいた「わけだ」

もうひとつもう少しショックの度合いのない解釈は、トルシェが「かっときた」と言う所までは同じ、そこから先は、「選手がおのれのもとを離れて、かってにやる」のに激怒して「自分のアイデアを先頭にだして」「勝って」「また選手の自分への信頼(=愛情)をつなぎとめたかった」という解釈。

それにしてはどちらも「後半」の変更が解けない。
トルシェ「正気にもどったのか?」
いやそれでは小心者の犯罪者である。おもしろくない。
確信犯トルシェ「でなければならない」

どちらの説も過激か
多分にホモセクシャルの雰囲気が漂う。
だがより正確にいえば、トルシェおそらく「父性」というものを内在させていないと見た。